教壇に立つということ
講演は大人向きの御依頼が多い私ですが、珍しく1週間の間に大学、高校、中学と学生向けが続きました。
学校で外部講師に頼むことはカリキュラム編成上、かなり大変なことです。感謝しています。
今の教師は多くの案件を抱え、本来は家族で指導すべき基本的なしつけまで、期待されています。負担が多すぎる。加えて、教師の資質が問われていますが、人間は、どの職業の人だけが資質(という表現が的確かはわかりません)が下がる、ということはないと思われる。
家庭も政治家も企業人も全て連動しているのです。
しかし、やはり聖職といわれた教師という仕事、人を教える立場の人間に課せられる期待と責任は、私自身も自覚していたいと思います。それは、教壇に立つことになった最初の時期、10年以上前ですが、その当時から変わらず自分で戒めていることです。
学生に、何かしらの心の響きを与える講義ができないか、常に自身で望むことであり、信念をもって語っていきたいと思います。
しかし、今は、夕食と朝食、2食全く家で食べないで学校に来る生徒もいるんです。学校でカロリーメイトを買って凌がせている。そこまでの負担を強いられる現状。







