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震災後のメニューとホコリにならない生き方

2013年03月12日

震災の日、父の誕生日です。
お祝いとしんみりと、両方なんです。

昨日このブログも書こうと思ったのですが、思うことも多く、
1日置いて気持ちを新たに書くことにしました。

震災前からメニュー開発させていただいているホテル華の湯。
福島ですが、震災後も一日も休まず(一日もですよ~)営業していらっしゃいます。
皆さんね睡眠を削って。

震災後、ホテルなのに食べ物がお客様に届けられなかったり。
数か月は、避難の皆様の支援の場になっていましたので、大浴場が
旅行者はいない、避難の皆様の「毎日のお風呂」になっていました。
ブッフェ会場は、青い制服(作業服です)の男性ばかり。
警察の方は、いつ何が起きてもいいように、食事もその「制服」なんです。
前と後ろにゼッケンをつけていらっしゃいます。

ほかは、支援活動の方々です。
一般客はいませんでした。
私が浮いた。

皆さん、支援の方などハードなお仕事、
毎日へとへとになって帰っていらっしゃるので、
華の湯の通常のブッフェメニューとは
違うメニューがどんどんなくなっていって、全く違うマーケットになりました。

御客様も、震災後、体が不調になられる人が多かったので、
震災後一年は、
●肩こり治す
●睡眠が良い
など症状別のメニューを私はご提案してまいりました。

華の湯さんのされた役割は大変大きかったと思うし、
営業が続けられる環境でいらしたのも
きっと「役目がおありなんですよ」と申し上げて、おりました。
本当にそう思うの。
それを、まったく怠けずにされていらっしゃると思う。
頭が下がる想いです。
放射能の値は、東京より低いくらいなのに、風評被害あり。
負けないよね!

私は東京に「たまたま」暮らしたので、今もこうしてお蔭様で元気でいられます。
人間は、たまたまの続き。
それがあまりに悲しい「たまたま」となると、受け入れがたいことにもなるけれど、
ラッキーをいただいたなら、「普通」であること、「たまたまラッキー」であること、
きちんと認識しないといけませんね。

傘寿を迎えた父は、お蔭様で、バリバリの現役で仕事を毎日励んでおります。
それもかなり「これから一仕事!」といったおっきなことをしており。
健康管理も必然として休めないので必須。
それに、父も母も、健康でいられること、生きていることに
本当に感謝して生きてるんですよね。
そんな状況は、本当に私は有難いのだと、私自身が年齢を重ねてきていると
実感なんですよね。
でも、着実にお別れは近づいている。
それは事実。
出会って、別れる。
長い地球歴史の中で、私たちが生きている間は、ホコリより短い。
点にもならない時間。
それでもその「点」を一本の細い線にできる人、できない人、
それは個々に違う。

いつもセミナーで話すのですが
ホコリの出会いをホコリにしない生き方に、したいなあ、と思っています。

一つの花瓶に入りきらないカサブランカの花束。
二日違いの誕生日の母へ、父からプレゼント。
毎年のことですが、今年は、凄い量!
おめでとう!

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